はじめに
「ササハタハツをつなぐ人たち」は、ササハタハツまちラボが企画・運営するインタビューシリーズです。笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺エリア(通称:ササハタハツ)において、地域で活動する人々の取り組みや背景、場づくりの実践を記録し、この街が持つ多様な魅力や意味を見えるかたちで伝えていくことを目的としています。
ササハタハツは、既存の商店街や住民コミュニティに加え、新しい文化活動や小規模な拠点、テーマ性を持ったコミュニティが重なり合いながら発展しているエリアです。まちの魅力は建物や施設だけでなく、そこに関わる人の意思や実践、関係性の積み重ねによって形づくられています。
本シリーズでは、制度や枠組みだけでは捉えきれない「当事者発の活動」や「自律的なコミュニティ形成」に目を向け、そのプロセスと背景を丁寧にひもときます。地域の方々や関心を持つ人たちにとって参考や気づきにつながる記録として、ササハタハツの今の姿をわかりやすく伝えていきます。
今回は、幡ヶ谷・初台を拠点に焼き菓子とコーヒーとアイスクリームの店を営む嶋崎かづこさんにお話を伺いました。2009年のオープンから18年目を迎えた今も、Sunday Bake Shopはこの街の暮らしの中に静かに根付いています。
初台に場所を借りた
——お菓子を作る場所が、お店になっていった
石川県出身の嶋崎さんは、神戸の専門学校を経て21歳で上京し、コーヒーの仕事から始めました。バリスタとして数年働いたのち、独学でお菓子づくりを学び、焼き菓子教室やケータリングを個人で手がけるようになりました。
ケータリングでは、アパレルブランドの展示会に呼ばれることが多かったといいます。「次のテーマはこれだから、何がいいかな」と相談を受け、ブランドの服を調べて考える。何を作るかはすべてお任せ、という頼まれ方でした。自分の感覚に委ねてもらえる仕事が、当時から続いていました。
教室を続けるうちに、作業場と教室を兼ねた拠点が必要になりました。物件を探して初台を内見しに来たのが、この街との最初の出会いです。
「駅を降りたら風が強くて。広いなって思いましたね。で、一瞬都会かなって思うけど、すぐに昔からの商店街みたいな感じになって。あと緑がいっぱいあるな、と」
立地として決め手になったのは、新宿にひと駅つながっていることでした。当時の教室の生徒は埼玉や千葉など各方面から来てくれていて、みんなが通いやすい場所を探していた。新宿経由ならどこからでもアクセスしやすい。それが初台を選んだ理由でした。
当時このエリアはまだ家賃も安く、今のようなおしゃれな雰囲気もなかった。お店を始めるにはちょうどよかった、と嶋崎さんは振り返ります。
場所を借り、仕込みと教室に使い始めると、近所の人たちから声をかけられるようになりました。「え、何屋さんなの」「いつオープンなの」。そのたびに、お店としてやってみようかな、という気持ちが少しずつ積み重なっていきました。

自分の感覚に正直でいたかった
——日曜日だけの店が生まれるまで
嶋崎さんは人の下で働くことが苦手だったと話します。好きなことと、興味のないことがはっきりしている。「良くないとは思うんですけど」と笑いながら言いましたが、その感覚が、自分でやることへの一歩につながっていきました。
自分の感覚から来ていないものは作りたくない。誰かの指示通りではなく、自分がおいしいと思うものを、自分のやり方で作りたい、と嶋崎さんは話します。お店を開いたのは、大きな決断というより、そうするしかなかった、という感じに近かったのかもしれません。
桜のケーキに桜の花の塩漬けを乗せて、と言われたとき、なんか恥ずかしいなと思った、といいます。その時の気持ちを大切にして、自分が感じる「いい」という感性を素直な形で表すことがお店を始めることへの出発点でした。作業場として借りたその場所でお店を開いてみることにしたのも、そういう気持ちからでした。
当時はケータリングも教室も入っていて、毎週の営業は難しかった。だから週一回、日曜日だけ開けることにしました。
週一で開けることにしたのには理由がありました。当時はケータリングもイベントも半年先まで予約が入っていて、続けてお店を開ける余裕がなかったのです。「日曜だけなら開けられるかなって思って」と話す嶋崎さんのスケジュールは、すでにいっぱいでした。
お店の名前については、ずっと「ベイクショップ」という言葉を使いたかったといいます。イギリスが好きで、「ベイクショップ」や「ベーカリー」といった呼び名への憧れがあった。あとは、おじいちゃんもおばあちゃんも子どもたちも、みんなが読める言葉がいい。そう考えて、Sunday Bake Shop という名前が決まりました。
「日曜日が楽しいかな、おもしろいなって。家族がそろう日だから、みんながどこかに行くときのお土産にもなるかなと思って」
日曜日に開けてみると、常連のお客さんができ始めました。「なんか日曜日に開けて良かったです。みんな日曜の楽しみとか、日曜の朝はここに来るとか言ってくれるようになったから」
とはいえ当時は、その日曜日すら休むことがありました。ケータリングやイベントで予定が詰まっていたためです。「日曜日しかやってないのに休むのって、すいませんとは思うんですけど」と苦笑いしながら話してくれました。
朝、ここに寄ってから仕事に行く
——日常のそばにある店として
お菓子教室とケータリングを続けながら、少しずつ営業日を増やしていきました。理由は単純です。
「お店が楽しかったんです。感想を言ってくれたり、次どういうの食べたいって言ってくれたり。お菓子教室もケータリングも特定の人になっちゃうから、そうじゃなくて誰でも来れる感じで、ふらっと予約なく来れるのってお店で。楽しいなって思ったんで」
やがてイベントやケータリングの比率を下げ、今では週に5日、スタッフ20名ほどで営業しています。
当初から思い描いていたのは、「通りすがりの店」でいることでした。
「朝ここに寄ってから仕事に行く、みたいなところをやりたかったんです。自分が通勤途中に買ったりするのが好きだったから」
今では、朝の通勤途中に立ち寄るお客さんも、帰り道に手土産を買っていくお客さんも、週に一度の楽しみに来るお客さんも、それぞれの日常の文脈でこの店を使っています。生活の一部になること。それがずっとやりたいことでした。
その思いの根っこには、お店を始めた頃の記憶があります。当時の初台周辺にはほとんど何もなく、それでもはるばる来てくれるお客さんがいました。
「そこまで来た人が喜んで帰ってくれるようなお店にしたいなっていうのは、いつも思ってます。今も思う」
その気持ちは、18年目を迎えた今も変わっていないといいます。

楽しさが、この店の核心
——楽しさを持つ人と、店を作る
今では開店前から行列ができることも珍しくない。誰と一緒にこの店を作るか、ということが大切になってきました。
嶋崎さんがスタッフに求めるのは、お客さんを楽しませたいという気持ちがあるかどうかだといいます。経験よりも人柄。「経験は付いてくるから大丈夫。初心者でも、みんなぐんぐんできるようになってくれる」。それよりも、「勉強したい人や、自分でお店をやりたい人ではなく、一緒にお店を作る人を取りたい」と話します。
その見極めのために、面接では「好きなもの」の話をしてもらうようにしています。
「面接だけだとみんな硬くなるから、どうでもいい話を聞こうかなって。好きなものを勧めるとき、みんなどんどん話してくれる。その勧め方が明るかったり、ぐんぐん引き込まれる人のほうが、お客さんも楽しいかなって」
好きなものを勧めるときの話し方に、その人の楽しさが出る。嶋崎さんはそう話してくれました。
感覚は、言葉より状態で伝える
——感覚を、どう渡すか
スタッフに作り方を伝えるとき、分かりやすく伝えようとするけれど、言葉だけでは伝わらないことも多いといいます。
「分かりやすく伝えようとするんですけど、言葉にするだけじゃ伝わらないことも多くて。『もうちょっと硬く』って言っても、その人の硬さと私の硬さは違ったりするから。状態を見せて、このくらい、っていうほうが伝わる。言葉のほうが難しいかもしれない」
状態を見せながら、感覚を渡していく。ずっとそうしてきたといいます。
製造が増えた今は、店頭に立つ時間が減ってしまったと話します。かつては小さな店で、お客さんとよく話していました。今はその余裕がなく、製造に戻っているといいます。
「もうちょっと製造して、みんながもうちょっと育ったら、またお客さんとゆっくり話せる時間を作りたいなと思います」
その言葉を、楽しそうに話してくれました。

だんご虫を握っていた子が、大学生になった
——この街も、お店も、少しずつ変わってきた
18年続けてきた中で、地域との関係も自然に育ってきました。近所の商店とお互い行き来し、街でお客さんとばったり会って挨拶を交わすこともあります。特別なことではなく、日々の暮らしの中に溶け込んだ交流です。
その中で、心に残っているお客さんとの出来事を聞いてみました。
「だんご虫を握ってた子が大学生になってるとか。すごいちっちゃくて絵を描いてくれてた女の子が高校生になって、またお店に来てくれたりとか。ずっと私のキッチン覗いてた子が、今ちょっと照れながらしゃべりかけてくれたり」
遠くに引っ越したおばあちゃんが、「たまにここに来たいから来てるのよ」と話してくれたこともあるそうです。
嶋崎さんは、街の変化も感じてきたと話します。以前はお店の場所を「幡ヶ谷」と言っても「どこ?」という反応が多かったのが、今では「おしゃれ」と言われるようになりました。いい店も増え、仕事後にみんなで食べに行く場所が、今はいくつもあるそうです。
「このエリア人気ですよね、今。家賃もどんどん上がってるって聞きました」
この街の変化を、嶋崎さんはずっと近くで見てきました。
日常の中で、いつもお菓子のことを考えている
——季節と、自分が食べたいもの
新しいお菓子はどうやって生まれるのか。そう聞くと、計画はあまり立てないと嶋崎さんは答えました。
「ずっとぼんやり考えてて、あ、これがいいかもって思ったら作るんですけど、それまでは何もできない」
ぼんやりとはいえ、頭のどこかではいつもお菓子のことを考えているといいます。嶋崎さんによると、アイデアが降りてくるのは、誰かとのおしゃべりの中だったり、外でご飯を食べているときだったりします。ある日、レストランで食事をしていたとき、料理に添えられた青みかんを見て、これを使ってみようと思い、友人に話すと「今ちょうど採れてるよ」と送ってきてくれた。そういうこともあったそうです。
「困ったなって思ってても、最後にあ、できたってなるから。なんか運がいいのかもしれない」
そうして生まれるお菓子の出発点について聞くと、その季節に自分が食べたいものかどうか、と話してくれました。
「すごい暑い夏にチョコレートのクリームいっぱい乗ったのって食べたくないじゃないですか。夏だったら何食べたいかなって。自分が食べたくないものは人も食べたくないし、自分が食べて飽きるものはみんなもそう思うだろうから」
「決まらない時間が長いと、すごい疲れるんですよ。でも決まったら楽しい」と笑いながら話してくれました。

この街に、もっと楽しいことを
——これからのこと
これからのことを聞くと、少し考えてから話してくれました。
どこかに出かけたとき、帰りにあそこに寄ろう、あれを買って帰ろう、と思い出してもらえる店。「いつもあると安心する店」そんな存在でいられたら、と嶋崎さんは言います。それぞれの定番が生まれるように、定番のお菓子はいつも置いておきたい。季節のものは季節に合わせて作りたい、という思いもそこにつながっています。
スタッフが育ってお店を任せられるようになったら、もう一軒出してみたいという気持ちもあるといいます。「まだ何もはっきりしてないですけど」と笑いながら話してくれました。
この街への願いについて聞くと、「マーケットみたいなのがあったらいいですね」と答えました。週末だけ市が立って、近くの公園にいろんな出店が並ぶ。知らない人がこの町に来て、また来たいと思う。海外の街で経験したような、そんな週末の風景をここにも作れたら、と想像しているといいます。「知らない人がこの町に来るのも楽しいんじゃないかな」そんな風景がこの街にも生まれたらいい、と話してくれました。
おわりに
朝の通勤途中に、仕事帰りに、週末の手土産に。Sunday Bake Shopがずっとやってきたのは、特別な日のためではなく、誰かの日常のそばにいることです。
子どもが大人になっても変わらずそこにあって、遠くに引っ越しても会いに来たくなる場所。楽しいから続けてきた18年が、「いつもあると安心する」という実感をこの街に積み重ねてきました。
ササハタハツの街が少しずつ変わっていく中で、Sunday Bake Shopは日常のそばに、静かにあり続けています。「ササハタハツをつなぐ人たち」は、これからも、人の営みを通して見えてくる街の姿を記録していきます。
取材を終えて
取材のあいだ、嶋崎さんはよく「楽しいです」と言いました。お菓子のこと、お店のこと、スタッフのこと、この街のこと。飾りのない、そのままの言葉でした。
楽しいから続ける。自分が食べたいものを作る。楽しさを持っている人と一緒に店を作る。お客さんに喜んで帰ってもらいたい。どれも当たり前のことのように聞こえますが、それを18年間、ぶれずに続けてきたことが、この店の今をつくっています。
スコーン、チョコレートブラウニー、キャロットケーキ、上がじゃりっとしたレモンのケーキ、バナナブレッド。変わらず並び続ける定番たちと、季節ごとに入れ替わるお菓子たち。その一つひとつに、嶋崎さんの感覚と季節への眼差しが宿っています。商圏を超えてわざわざ足を運ぶ人がいて、遠くに引っ越しても会いに来てくれるお客さんがいる。その熱量は、お菓子そのものが持つ力から来ているのだと感じました。