ササハタハツをつなぐ人たち

笹塚diary – 笹塚にいると、甲州街道が川に見える

笹塚diary 佐藤舞さん

2026.03.31

笹塚diary – 笹塚にいると、甲州街道が川に見える

はじめに

「ササハタハツをつなぐ人たち」は、ササハタハツまちラボが企画・運営するインタビューシリーズです。笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺エリア(通称:ササハタハツ)において、地域で活動する人々の取り組みや背景、場づくりの実践を記録し、この街が持つ多様な魅力や意味を見えるかたちで伝えていくことを目的としています。

ササハタハツは、既存の商店街や住民コミュニティに加え、新しい文化活動や小規模な拠点、テーマ性を持ったコミュニティが重なり合いながら発展しているエリアです。まちの魅力は建物や施設だけでなく、そこに関わる人の意思や実践、関係性の積み重ねによって形づくられています。

本シリーズでは、制度や枠組みだけでは捉えきれない「当事者発の活動」や「自律的なコミュニティ形成」に目を向け、そのプロセスと背景を丁寧にひもときます。地域の方々や関心を持つ人たちにとって参考や気づきにつながる記録として、ササハタハツの今の姿をわかりやすく伝えていきます。

今回は、自主制作の日記本『笹塚diary』の著者、佐藤舞さんにお話を伺いました。笹塚で暮らしながら日々の断片を日記として綴り、本にまとめてきた佐藤さんは、この街をどのように見つめ、どのように言葉にしてきたのでしょうか。

川に見えた甲州街道

笹塚には、交通の要所として知られる甲州街道が街の中心を通っています。

気分が落ち込んだ時などには、佐藤さんはよく外に出て、コンビニで缶チューハイを買い、甲州街道沿いをひとりで歩くことにしているそうです。頭上には首都高が走り、オレンジ色の明かりが夜空を照らしています。

「ぼうっと見ていると、いろいろな車が走っている風景が川の流れみたいに見えて。その車の中にはいろんな人の暮らしがある。絶対その人たちとは交わらないんだけど、なんだか励まされるんです」

缶チューハイを一杯飲み終わる頃には、気持ちが落ち着いていた。そんなことを、これまで何度も繰り返してきたといいます。

今から15年ほど前に下高井戸に住んでいた佐藤さんは、都心への通勤に笹塚を乗り換え駅として使っていました。その当時から「新宿にも渋谷にも出やすい、便利でコンパクトな良い街」だと密かに感じていたそうです。

パートナーが住んでいた街へ

「住む街に笹塚を選ぶ人って、東京の街をよく知ってる人だと思っていて。今のパートナーが初めてひとり暮らしをする際に、笹塚を選んだと聞いて、なかなかセンスがあるなと思ったんです」

佐藤さんも、笹塚に暮らすパートナーと付き合い始めてから、週の半分を笹塚で過ごすようになりました。自宅と笹塚の家を自転車で行き来する生活。『笹塚diary』には、笹塚のいろいろなお店が出てきます。

「週七日一緒に生活していたら、多分、こんなに外食はできません。他の街で自炊している日があるからこそ、笹塚にいる日は『今日は二人でちょっといいものを食べに行こう』ってなります」

よそ者も、受け入れてくれる街

笹塚に来て、佐藤さんが感じたことがあります。「この街はどんな人でも受け入れてくれる懐の広い街」ということです。

エッセイ集『笹塚アンソロジー』への寄稿をお願いしに「東京 世田谷 升本屋」の店主・梅田知行さんを訪ねたときのことが、忘れられないといいます。升本屋は笹塚エリアで長く酒とかりんとうを扱ってきた老舗店ですが、「いいですよ、書きますよ。できたら、うちでも売りますよ」と即答してもらえたそうです。

「良い意味で地元意識のあまり強くない地域だと感じます。お祭りのときにやっと、あ、地元の人たちがいたんだって思うくらい」

そのゆるやかな距離感が、他の街から移り住む「よそ者」にとっても居心地のよい街になっているようです。

そんな笹塚は、佐藤さんにとって初めて「自分らしく暮らせる」と感じた街でした。子育てがひと段落して、自分の時間も楽しめるようになった今の生活と気分にぴったり合っている。それが「自分の居場所」だと感じる、大きな理由になっています。

「ササハタハツ」という呼び方について聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

「笹塚に住んでいると、初台よりもお隣の代田橋のほうが親近感があるかもしれないですね」。

隣の駅まで自然と自分の街として感じられる。笹塚はそんな風に生活圏をゆったりと広げてくれる街なのかもしれません。

日記を書き始めたきっかけ

笹塚で日記を書き始めたのには、二つの理由があったといいます。

一つは、どこの街に住んでもその街を自分の街だと思えなかったのに、笹塚に来てはじめて「自分らしくいられる街」と感じたこと。そしてその感覚を、日記として残しておきたいと思ったことです。

もう一つは、この街で暮らすさまざまな人の話を読んでみたかったのに、なかなか見あたらなかったこと。「それならば自分が書いてみよう」と思ったそうです。

自分のために書き始めた日記が、やがて街の記録へと育っていきました。

元ガモとの出会い

『笹塚diary』には、カモの話がよく出てきます。

カモを好きになったのは、京都旅行で立ち寄った鴨川で、つがいで行動するマガモを見たことがきっかけだったそうです。

「なんにも考えてないようだけど、ちゃんとパートナーを決めて、二匹で一緒にいろんなところへ泳いで行く。それが笹塚で暮らす自分たちに似てるなって」

帰京後、神田川にもカルガモがいることに気づきました。そして、笹塚の玉川上水にもカモが来ると知り、見に行きました。

「見つけたときにはすごく感動したんですよ。見に行ったら、いる! って」

中でも忘れられないのが、羽の一部がうまく身体に収まらないケガをした一羽。あまり動けないため、いつも同じ場所にいて個体として見分けることができたのだそうです。「元ガモ」と名付け、見守り続けたカモは、やがて笹塚橋の下で静かに息を引き取りました。佐藤さんとパートナーは保健所に連絡し、二人で手を合わせて見送ったといいます。

「死ぬ最後のときに笹塚を選んだカモに、共感と思い入れがありました」

笹塚での、完璧な一日

佐藤さんの日記には「今日は完璧な一日だった」という言葉がたびたび登場します。では、その完璧な一日とはどんな日か。

「朝はSASAやオパンのパンを食べて、お気に入りのお店でお昼を食べて、水道道路をぼうっと散歩して、夜は栄湯へ行き、湯上り飯を食べて、ゆっくり本が読めたならもう最高だって思って。それ以外にはいらないなって最近思ってるんですよ」

他の街では叶わなかったことが、笹塚で暮らすことで自然と手に届くようになりました。この街が、完璧な一日をつくる条件を静かに揃えてくれている。そう感じているといいます。

 

 

 

 

日記を書くことは、自分の輪郭を保つこと

下北沢の本屋B&Bで販売されたことで『笹塚diary』の認知が広がり、エッセイ集『笹塚アンソロジー』の紀伊國屋書店笹塚店でのフェアにもつながりました。書店員さんが本への愛のこもった手書きのポップを作ってくれたことも、大切な縁として記憶しているといいます。

それでも佐藤さんは、日記を「本を売りたいから書いているわけではない」と話します。

「日記を書くことで、自分でも気づかなかったことに気がついたり、自分の輪郭がはっきりしてくる感じがあって。それが一番の目的です」

日記を書くことは、連続している毎日に栞を挟むような行為だと佐藤さんは表現します。書くことで生活の輪郭がはっきりし、忙しくてゆっくり書けない時期は、後から思い出してもぼんやりとしてしまうのだそうです。

面白いのは、刺激的な出来事があった日ほど書けなくなるということ。「すごくいろんなことがあった日ほど書けなくなるんですよ。書かなきゃいけないことが多すぎて、逆にハードルが上がってしまって。なんでもない日のほうが、じっくり書けるんです」

シングルマザーで、新しいパートナーがいて、元夫とも関係を保ちながら息子を育てている。言葉だけ取り出せばセンセーショナルに映るかもしれません。でも日記の形にすると、それがそのまま誰かの日常として届きます。「こんな生活をしている人もいるんだと知ってもらえたら」というのが、佐藤さんの言う「裏テーマ」です。

読者から「幸せを楽しむ天才ですね」と言葉をもらったことがあります。「そんなふうに読んでもらえるんだって、驚いたんですよ」と佐藤さんは笑いました。

笹塚は、いい脇役でいてほしい

笹塚は今の佐藤さんにとって、「推し」のような存在だといいます。そして一生住みたいと思える街です。

だからこそ、人気になりすぎてほしくないという複雑な気持ちもあります。

「そうなると家賃も上がってしまうし。ちょっと『見る目あるじゃん』って思われるくらいがちょうどいいというか。笹塚にはいつまでも『いい脇役』でいてほしいんです」

いつかは笹塚に小さな本屋を開きたいという夢がある。その現在形が『カルガモBOOKS』です。今は店舗を構えず、フェアやイベントに本を持ち込んで販売しながら、「本拠地は笹塚です」と言える形で活動しています。以前はそうした間借り営業を「いつか店舗を構えるまでの仮の姿」と見ていた佐藤さんが、笹塚の街で働く人たちに触れるうちに、その考えが変わっていきました。「間借り営業の軽やかさがむしろ現実的な姿として見えてきた」といいます。

「これからも笹塚で日記を書いて、本を出していきたい。今はそれだけですかね」

次の本は5月の文学フリマに向けて準備中です。今日も玉川上水のカモは変わらずそこにいて、佐藤さんは日記を書きます。

おわりに

佐藤さんが日記を書き続けているのは、自分のためでもあり、大好きな街への恩返しでもある、とおっしゃっていました。「街の時間を残す」という行為を、大げさに捉えていないところがとても印象的でした。日々の暮らしの断片を丁寧に拾い上げていくことが、やがて街の記録になっていく。「ササハタハツをつなぐ人たち」は、これからも、人の営みを通して見えてくる街の姿を記録していきます。

笹塚という街を選んだあなたは、お目が高い。佐藤さんの日記は、そう静かに伝えています。

取材を終えて

取材は、気づくと予定の時間を大きく超えていました。佐藤さんは話の途中で何度も「また話がずれてしまって、すみません…」と笑いましたが、その脱線のひとつひとつに、街への目線と、自分の暮らし方への考えが詰まっていました。

取材を終えてから、夜の甲州街道を歩いてみたくなりました。缶チューハイを片手に車の流れを眺めたら、川に見えるだろうか。朝はオパンのパンを買って、水道道路を散歩して、夜は栄湯に入る。佐藤さんが語った「完璧な一日」の輪郭が、気づくと自分の中にも浮かんでいました。

「甲州街道を川に見立てる」という言葉が、ずっと頭に残っています。同じ場所を見ていても、こんなふうに受け取れる人がいる。笹塚という街の魅力は、もしかしたらそういう人を引き寄せるところにあるのかもしれないと感じました。

 


もっと知りたい方へ


 

ササハタハツをつなぐ人たちについて

「ササハタハツをつなぐ人たち」は、ササハタハツまちラボが企画・運営するインタビューシリーズです。笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺エリア(通称:ササハタハツ)で活動する人々の取り組みや場づくりの実践を通して、地域の多様な魅力とコミュニティの姿を記録・発信しています。本シリーズは、ササハタハツまちラボ正会員である一般社団法人渋谷未来デザインが広報ディレクションを行い、地域にひらかれた記録として継続的に公開しています。シリーズ一覧はササハタハツまちラボ公式サイト・SNSでもご覧いただけます。

 

 

エディトリアルディレクション/企画・編集:江口学(The Night’s Young Inc.)
取材・インタビュー:山口昌寛
フォトグラファー:フォトグラファー 廣瀬孔明