はじめに
「ササハタハツをつなぐ人たち」は、ササハタハツまちラボが企画・運営するインタビューシリーズです。笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺エリア(通称:ササハタハツ)において、地域で活動する人々の取り組みや背景、場づくりの実践を記録し、この街が持つ多様な魅力や意味を見えるかたちで伝えていくことを目的としています。
ササハタハツは、既存の商店街や住民コミュニティに加え、新しい文化活動や小規模な拠点、テーマ性を持ったコミュニティが重なり合いながら発展しているエリアです。まちの魅力は建物や施設だけでなく、そこに関わる人の意思や実践、関係性の積み重ねによって形づくられています。
本シリーズでは、制度や枠組みだけでは捉えきれない「当事者発の活動」や「自律的なコミュニティ形成」に目を向け、そのプロセスと背景を丁寧にひもときます。地域の方々や関心を持つ人たちにとって参考や気づきにつながる記録として、ササハタハツの今の姿をわかりやすく伝えていきます。
今回は、Black Bird Eateryを運営するウィリアムズ めぐ美さん、パートナーのケリーさん、そしてイベントオーガナイザーのソーニャさんに話を伺いました。
Black Bird Eatery のはじまり
—— 父の店を引き継いだことから
Black Bird Eatery は、父が営んでいた店を引き継いだことをきっかけに始まりました。コロナ以前、この場所は「カフェ・チェシュメ」という名前で営業しており、約10年にわたって音楽を中心としたイベントを行っていました。その当時、自分たちがLGBTQIA(※1)当事者であることは公表していなかったといいます。
転機となったのは、コロナ禍でした。一時的な閉店を余儀なくされ、その期間に母を亡くすなど、私生活でも大きな出来事が重なりました。 そうした時間の中で、めぐ美さんはパートナーのケリーさんと、これからの生き方について何度も話すようになったそうです。実はケリーさんは以前から、誰もが集まれるイベントスペースを自分でやりたいという夢を持っていました。その夢と、この場所が、コロナ禍という時間の中で重なりました。
「明日何かあっても悔いのないように、自分たちらしく生きたいね」
この言葉が、その後の選択を考える上での軸になっていきました。

そうして、店名を Black Bird Eatery に改め、LGBTQIA当事者であることを公表した上で再オープンすることを決めました。店内には、2羽の黒い鳥が描かれた絵が飾られています。それがめぐ美さんとケリーさんだといいます。
「いつも2人とも大体黒い服を着ているから」
Black Bird Eatery という名前には、この場所を作った2人自身が込められています。
再オープンまでは、決して短い道のりではありませんでした。人を雇う余裕はなく、ペンキを買って塗り直したり、照明を変えたりと、ケリーさんと二人で少しずつ手を入れていきました。閉店から再オープンまで、気づけば4年ほどの時間が経っていたといいます。
店を再開するという行為は、単なる営業の再開ではなく、「どのように生きていくのか」を自分たちの言葉で選び直す時間でもありました。
※1 LGBTQIA
レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)、クィア(Q)、インターセックス(I)、アセクシュアル(A)の頭文字をとった言葉です。性的指向や性自認、身体的特徴など、性のあり方の多様性を示す総称として用いられており、末尾に「+」を加えてLGBTQIA+と表記される場合もあります。なお、各文字が指す意味や範囲については、当事者によって異なる解釈がある場合もあります。
クィア向けイベントを始めた理由
—— 最初から決めていたわけではなかったこと
再オープン当初から、「クィア(※2)向けの場所を作ろう」と明確に決めていたわけではありませんでした。
営業を再開すると、自然と友人たちが集まり始め、そこから少しずつ輪が広がっていきました。その流れの中で、イベントという形が見えてきたといいます。
めぐ美さん自身、ジェンダークィア、あるいは日本で言うXジェンダーとしてのアイデンティティを持っています。見た目だけでは当事者だと分かりにくいこともあり、LGBTQIAコミュニティの中にいても、説明を求められる場面が少なくありませんでした。
「どうしてクィアなの?」新宿二丁目のような場所に行っても、さまざまな質問を受けることが多く、性別二元の枠に収まりきらない人が、安心して存在できる場所は意外と少ないと感じていたそうです。
「『こうあるべき』というクィア像を演じなくてもよくて、人の数だけ性のあり方があって当たり前、という空気の場所が欲しかった」
そうした思いから、まずはイベントという形で、気軽に楽しく集まれるきっかけを作ってみようと考えました。
それが、クィアコミュニティ向けのイベントを始めた最初の理由でした。
※2 クィア
性的指向や性自認において、規範的とされる性のあり方にとらわれない多様なセクシュアリティを持つ人々を広く指す言葉です。当事者自身がアイデンティティを表す言葉として積極的に使うようになりました。
最初に集まった人たち
最初の参加者は、友人たちが中心でした。初回のイベントは満員になりました。
「びっくりしました。こんなに必要とされているんだなと、その時初めて思いました」
そこから少しずつ、Xジェンダーやトランスなど、さまざまな人たちへと広がっていきました。「こういう居心地の良い場所を探していました」「初めて一人で来られました」そうした声が届いたことは、強く印象に残っているといいます。

「服の交換・譲渡」から生まれた場
「服の交換・譲渡」という形式を試したきっかけは、とても個人的なものでした。
オンラインで服を購入して試しているうちに、手元に洋服が増えていき、どう処分しようかと考えるようになったことが始まりだったそうです。一般的なお店では、見た目が女性的な人であれば比較的自由に試着できる一方で、男性的な人がスカートやドレスを試着することには、まだ多くのハードルがあると感じていました。
同じように、さまざまなスタイルを試したい人たちが、安心できる環境で服を持ち寄り、交換できたら楽しいのではないか。そう考え、この形式を試してみました。
実際に開催してみると、予想以上に人が集まり、とても喜ばれました。現在では、隔月に一度の定期イベントとして続いています。

イベントの企画や運営において大切にしているのは、何かを「させる」場にしないことです。
参加者の中には、ニューロダイバージェントなど、脳の多様性を持つ人たちもいます。お酒を飲まなくてもいい。無理に交流しなくてもいい。少しずつ慣れてくれればいい。そうした自由度の高さが、結果的に安心感につながっていると感じているそうです。
また、店内には、「お互いを尊重すること」「あらゆる差別やハラスメントを許さないこと」といった大枠のルールを掲示しています。
一方で、細かく管理しすぎないことも大切にしています。気になることがあればスタッフに伝えてほしいこと、嫌なことは「嫌」と言っていいこと。参加者が自分のペースで過ごせる余地を残すことを意識しています。過去には、見た目で決めつけるような発言を繰り返す人がいたこともありました。その際には個別に伝え、この場所の雰囲気を守るための対応をしてきました。「安全であること」は、掲げる理念だけでなく、日々の判断と積み重ねによって保たれているものだと感じています。
ササハタハツという街との相性と関係の変化
笹塚・幡ヶ谷周辺で活動している理由は、父の店を引き継いだことがきっかけでしたが、続けていく中で、この街の空気感が自分たちのやっていることと、とても相性がいいと感じるようになりました。
渋谷や恵比寿のように商業性を前面に出す街ではありませんが、生活・遊び・学びが自然に共存しており、商店街には下町のような雰囲気も残っています。めぐ美さんは、渋谷区の中でも「一番ちょうどいい街」だと感じているそうです。おしゃれになる一方で、住めなくなる人が出ていく街も少なくありません。そうした変化を横目に、このエリアには、まだ暮らしの手触りが残っていると感じています。
オープン当初は、レインボーフラッグを見て戸惑った表情をされたり、心ない言葉をかけられることもありました。しかし、少しずつ常連さんが増え、最近では自然に受け入れてもらっている感覚があるといいます。中には、「自分もクィアだけれど、新宿二丁目に行くのは少し怖くて」と話してくれたご近所の方が、イベントに参加してくれたこともありました。今では、その方もすっかり常連さんの一人です。
昨今トランスヘイトなどという言葉が聞かれますが、自分の生活とかけ離れた未知のものだと感じると、人は過剰に反応してしまうのかも知れません。ご近所にトランスやXジェンダーの人がいて、軽く挨拶を交わすような関係があれば、そうした違和感も少しずつ無くなっていくのかなと思います。
Black Bird Eatery は商店街から一本外れた住宅街にあり、近隣のお店とのつながりを作るのは簡単ではありません。
一方で、「ミルズタコス」やクラフトビールバー「パイントロジー」など、海外出身のオーナーが営むお店とは交流があり、自然と会話や共感が生まれやすいと感じています。
参加者から、担い手へ
—— ソーニャさんの視点
イベントオーガナイザーのソーニャさんは、関東に引っ越してきた際にBlack Bird Eateryを知り、最初は参加者として足を運ぶようになりました。
「入った瞬間に、ここは大丈夫だと感じました」 そう話すソーニャさんは、やがて自ら企画を持ち込み、この場所でイベントを開くようになります。「やりたいことがあれば、まず相談してみようと思えた」そう感じられる距離感が、この場の特徴だといいます。参加者だった人が、少しずつ担い手になっていく。その流れが自然に生まれていることも、この場が持つ一つの力です。

「ここに来たい」と思ってもらえた瞬間
ササハタハツは、おしゃれをして出かける街というよりも、ほっと一息つける日常の延長線上にある街です。「特別な場所に行く」のではなく、「近所にある」こと。その距離感が、無理のない参加や継続につながっているのではないかと考えています。
お店を始めた当初は、「イベントがないと人は来ない」と思い込み、毎週のようにイベントを詰め込んでいました。
しかし、ある日、特に何もない日に常連さんがふらっと来てくれて、「こうやってゆっくりできる日も嬉しい」と言ってくれたことがありました。そのとき、イベントがなくても「ここに来たい」と思ってもらえているのだと気づいたそうです。何か特別なことが起きなくても、ただ過ごせる場所として受け取ってもらえている。その実感がありました。
最近では、海外からの旅行者に「こんな面白い場所があるよ」と紹介してもらうことも増えてきました。Black Bird Eatery は、単なるイベント会場ではなく、安心して誰かに勧められる場所になってきている。そう感じる瞬間が増えているといいます。
これからの Black Bird Eatery
—— 未来の風景として
現在、具体的に考えているのが LGBTQIA+向けのプロムパーティ です。欧米の学校文化にあるプロムは、何を着るか、誰と行くかが自然に選べる場です。一方で、クィアの人にとっては、それが難しかったという話を多く聞いてきました。
「好きな服を着て、好きな人と踊る」それだけのことを、安心して楽しめる場を、この街で毎年続く風物詩のように育てていきたい。そんな構想を、ケリーさんと顔を見合わせ、うなずき合いながら語ってくれました。
これからも、服の交換のように、参加のハードルが低く、生活に近いテーマの集まりは大切に続けていきたいと考えています。それに加えて、今後はご近所のお店や企業と一緒に取り組むイベントも企画していきたいと話します。

若い世代や、これから来る人へ
「お気軽に遊びにお越しください。LGBTQIA当事者でなくても大丈夫です。よく分からなくても大丈夫です。急いで答えを出さなくていいし、言葉にできなくても大丈夫です」
三味線教室や言語交流会など、クィア向けイベント以外にも、文化や学びの場としての取り組みも行っています。「こんなことをやってみたい」というアイデアがあれば、気軽に相談してほしいと話します。


Black Bird Eatery をどんな場にしたいか
人はみんな違っていて、それが当たり前だということを、静かに再確認できる場所でありたいと考えています。人と人とのつながりが希薄になっている今だからこそ、顔を合わせ、話し、学び合える場の必要性を強く感じています。
Black Bird Eatery は、何かあったときにふらっと立ち寄れば、誰かが話を聞いてくれたり、ささやかなアドバイスをもらえたりする、そんな日常に根ざした場所でありたい。
一過性のイベントや流行ではなく、このエリアに自然と根付き、やがて自分たちがこの場所を離れた後も、誰かの居場所として続いていく。そんなコミュニティに育っていくことを願っています。
おわりに
Black Bird Eatery で続いているのは、特定の誰かだけに閉じた取り組みではなく、日常の延長線上にある場づくりです。
説明しなくてもいいこと。演じなくてもいいこと。無理に関わらなくてもいいこと。そうした余白が、安心して集まれる空気を支えています。
誰かの「ここがあってよかった」という実感が、少しずつ人をつなぎ、街の風景になっていきます。ササハタハツの多様さは、こうした小さな実践の積み重ねによって育まれています。
「ササハタハツをつなぐ人たち」は、これからも、人の営みを通して見えてくる街の姿を記録していきます。

取材を終えて
正直に言うと、取材前は「どんな場所だろう」という緊張感がありました。けれど、めぐ美さんとケリーさんに会った瞬間、その緊張はすっと消えました。お2人の笑顔と、醸し出す空気が、そういう気持ちにさせてくれました。
話を聞くほどに、この場所の居心地の良さには理由があることが分かりました。調光できる照明、靴を脱いで上がる畳の空間、壁に掲げられたルール。どれも「なんとなく」ではなく、来る人のことを具体的に想像した上での選択でした。安心できる場所は、そういう小さな積み重ねでできているのだと感じました。
イベントオーガナイザーのソーニャさんが、めぐ美さんとケリーさんのことを話す時の表情が印象的でした。信頼、という言葉がそのまま顔に出ていました。国内外からわざわざこの場所を訪ねてくる人がいると聞いた時、この店が持つ空気そのものが、商圏を超えて人を引き寄せているのだと思いました。
笹塚の、少し路地に入った場所に、Black Bird Eatery はあります。圧力鍋でとろとろに仕上げたプルドチキン、野菜たっぷりのスープ、素朴なマフィン。場づくりと同じように、食事にも丁寧なこだわりが宿っています。
もっと知りたい方へ
Black Bird Eatery
住所:東京都渋谷区笹塚2-13-13
最寄り駅:京王線 笹塚駅
営業日・営業時間:水-土 18:00 – 22:00 (ラストオーダー:フード 21:00/ドリンク 21:30)
定休日:月曜日、火曜日、日曜日
Instagram: https://www.instagram.com/black_bird_tokyo/
公式サイト:http://www.blackbirdtokyo.com/
その他:※イベントにより営業日時が異なります。詳細はイベントカレンダーをご確認ください。
ササハタハツをつなぐ人たちについて
「ササハタハツをつなぐ人たち」は、ササハタハツまちラボが企画・運営するインタビューシリーズです。笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺エリア(通称:ササハタハツ)で活動する人々の取り組みや場づくりの実践を通して、地域の多様な魅力とコミュニティの姿を記録・発信しています。
本シリーズは、ササハタハツまちラボ正会員である一般社団法人渋谷未来デザインが広報ディレクションを行い、地域にひらかれた記録として継続的に公開しています。
シリーズ一覧はササハタハツまちラボ公式サイト・SNSでもご覧いただけます。
エディトリアルディレクション/企画・編集:江口学(The Night’s Young Inc.)
取材・インタビュー:山口昌寛
フォトグラファー:廣瀬孔明